2700ツネ脱退の真相と現在|アメリカ挑戦の裏にあった葛藤と八十島の今
「右ひじ左ひじ交互に見て」の軽快なリズムネタで一世を風靡したお笑いコンビ「2700」。2011年の『キングオブコント』で鮮烈な準優勝を果たし、日本中のバラエティ番組を席巻した彼らですが、2023年8月、メンバーのツネが突如としてコンビを脱退し、所属していた吉本興業を退所しました。なぜ絶大な知名度を誇る看板を捨て、長年苦楽を共にした相方と袂を分かつ決断を下したのでしょうか。
脱退劇の裏で囁かれた相方・八十島弘行との不仲疑惑、突如報じられたアメリカ進出という巨大な挑戦、そして家族を支えながら挑む泥臭い現在地まで。単なる芸能ニュースの枠を超え、40代を迎えた一人の表現者が選んだ「キャリアの再定義」の真実を、関係者の証言や一次データをもとに読み解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ツネの脱退理由は「アメリカでのスタンダップコメディ挑戦」であり、解散ではなく八十島が屋号を残す異例の「脱退」を選択した。
- 要点2:不仲説が噂されたものの、背景にあったのは表現者としての方向性の乖離と、40歳という節目での強い危機感だった。
- 要点3:キッチンカー事業やZUMBAインストラクター資格取得など多面的な挑戦を続け、妻や3人の子供と共に新たな道を切り拓いている。
【脱退理由の核心】なぜツネは2700を離れアメリカ挑戦を選んだのか?
2023年8月15日、東京・新宿の劇場「ルミネtheよしもと」の出番を最後に、ツネ(本名・常道啓史)は15年間にわたる2700としての活動にピリオドを打ちました。発表直後から芸能界やファンの間には大きな動揺が広がりましたが、公式発表および本人の口から明かされた最大の脱退理由は、「アメリカへ進出し、スタンダップコメディに挑戦するため」という極めてストレートなものでした。
関係者への取材や当時の本人の手記・告白動画によると、40歳という人生の節目を迎える中で、「このまま日本で中堅芸人として立ち止まっていていいのか」という根源的な葛藤が長年渦巻いていたといいます。かつて「右ひじ左ひじ交互に見て」で爆発的なブームを巻き起こしたものの、その後は闇営業問題による謹慎処分やコンビ名の改名(一時期「ザ ツネハッチャン」として活動)など、浮沈の激しい芸能生活を余儀なくされてきました。
「一度きりの人生、世界を相手にどこまで通用するのか試したい」――。その衝動は突発的な思いつきではなく、水面下で数年間にわたり英語学習や海外コメディの分析を重ねた末の、背水の陣を敷いた覚悟でした。吉本興業という強大なプラットフォームを離れることは、定期的な劇場出番やテレビ出演のセーフティネットを完全に手放すことを意味します。それでもなお、ツネは自らを退路のない環境へ追い込む道を選びました。

「不仲による解散」は本当か?八十島弘行との関係性とコンビ存続の真相
ツネの電撃発表に際し、ネット上で真っ先に噴出したのが「相方・八十島弘行との深刻な不仲説」でした。通常、お笑いコンビのメンバーが抜ける場合、それは「解散」を意味することが大半です。しかし、2700の場合は「解散」ではなく「ツネの脱退」という極めて珍しい着地を見せました。相方の八十島は吉本興業に残り、「2700」の看板を一人で守りながら新メンバーを募集するという異例の活動方針を打ち出したのです。
この歪とも言える形態が、世間の不仲疑惑を過熱させる要因となりました。しかし、舞台裏を知る劇場関係者の証言を総合すると、感情的な罵り合いによる決裂という単純な構図ではありません。
「八十島さんは類まれな音楽的センスを持つ天才肌のネタ制作者。一方でツネさんは、卓越した身体能力とリズム感でその世界観を体現するパフォーマーでした。二人の力関係は長年『プロデューサーと演者』に近く、それゆえに年齢を重ねるにつれて、ツネさんの中で『自分の足で立ち、自分の言葉と身体で勝負したい』という独立心が芽生えるのは自然な流れでした」(演芸関係者)
脱退決定時の話し合いにおいて、八十島はツネの海外挑戦という夢を頭ごなしに否定することはなかったとされています。長年連れ添ったパートナーだからこそ、引き止めてもツネの決意が揺るがないことを見抜いていたのです。結果として、互いの表現者としてのエゴを尊重し合った末の「発展的別離」が、脱退という形に結実しました。
【データ比較】大ブレイクから独立・海外挑戦への軌跡と実績推移
2700の結成から脱退、そして現在に至るまでの変遷を振り返ると、彼らが常に平坦ではない道を歩んできたことが数字や客観的事実からも明確に浮かび上がります。
| 時期・フェーズ | 主な出来事・活動実績 | 芸能界・業界内の位置づけ | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|
| 2008年〜2011年 (結成・ブレイク期) | ・2011年 キングオブコント準優勝 ・リズムネタでCM・特番多数出演 | 若手トップクラスの注目株 (リズムネタブームの中心) | 圧倒的なキャッチーさで一世を風靡するも、ネタの消費スピードの速さに直面。 |
| 2017年〜2019年 (改名・暗黒期) | ・「ザ ツネハッチャン」へ改名 ・闇営業騒動に伴う謹慎処分 | メディア露出の激減 (劇場中心・謹慎期間) | 知名度とは裏腹に収入面・精神面で最大の危機。コンビ関係の再考を余儀なくされる。 |
| 2020年〜2023年 (模索・脱退期) | ・キッチンカー事業の立ち上げ ・2023年8月 ツネ脱退・吉本退所 | 個人事業主・独立芸人へのシフト (屋号は八十島が維持) | コンビの枠組みに縛られず、個人の実力で生きていくための現実的布石を打つ。 |
| 2024年〜2026年 (現在・海外挑戦期) | ・米国スタンダップコメディ挑戦 ・ZUMBAインストラクター活動 ・SNS・YouTube発信 | マルチパフォーマー/越境芸人 (日米往復型フリーランス) | 日本での知名度に頼らない泥臭い現場営業を展開。フィジカルスキルが再評価。 |

【実態検証】キッチンカー事業からズンバ資格まで|家族を背負うツネの覚悟
華々しい「アメリカ進出」という言葉の裏で、ツネの生活を支えてきたのは泥臭いまでの実業と家族の絆です。芸人の収入が激減したコロナ禍以降、ツネはただ手をこまねいていたわけではありません。生活を守るため、自らキッチンカー事業を立ち上げ、全国各地のイベントや広場で自ら調理台に立ち、ホットドッグやフードを販売する姿が度々目撃されました。
さらに世間を驚かせたのが、世界的人気を誇るダンスフィットネスプログラム「ZUMBA(ズンバ)」のインストラクター資格取得でした。SNS上でインストラクター認定証を公開した際には、「えええ!すごすぎる!」「バイタリティの塊」とファンから感嘆の声が上がりました。卓越したリズム感と身体表現力をフィットネスの領域へ移植したこの動きは、単なる趣味の領域を越え、言葉の壁が存在するアメリカの地でも即座に人々と繋がれる「フィジカルな武器」として機能しています。
そして何より、この挑戦を語る上で欠かせないのが妻・りおさんと3人の子供たちの存在です。りおさんは自身のオフィシャルブログを通じて、夫の無謀とも思える挑戦を明るく、時にユーモアを交えて赤裸々に発信し続けてきました。一家の大黒柱が安定を捨てて海外へ挑むことに対して、家族がどれほどの覚悟を共有したかは想像に難くありません。ネット上では「奥さんの器の大きさがレジェンド級」「この家族だからこそ応援したくなる」と、温かい支持が集まり続けています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「一発屋の逃亡」ではない真の狙い
中堅芸人が事務所を辞めて海外へ渡る際、ネット掲示板やSNSでは往々にして「日本で食えなくなったから逃げただけ」「今さらアメリカで何ができるのか」といった冷ややかな意見が散見されます。しかし、現場のエンタメ市場を深く観察すると、ツネの選択は決して無計画な逃亡ではありません。
日本のお笑いは「言語の文脈」「共有された空気感」「自虐やツッコミ」に極度に依存するハイコンテクスト文化です。一方、アメリカのコメディ市場、特に近年のグローバルステージでは、渡辺直美やとにかく明るい安村のように、「言語の壁を凌駕するフィジカルパフォーマンス」を持つアクトが極めて高い評価を獲得しています。
ツネの最大の武器は、緻密なトークではなく、一瞬で視線を引きつける身体表現力とリズム感です。「右ひじ左ひじ」のムーヴメントに見られるような、言葉を介さずに笑いを生み出す身体性は、むしろ英語ネイティブではない日本人パフォーマーにとって強力なアドバンテージになり得ます。ツネが目指しているのは、机上のフリートークではなく、体当たりで現地の観客を沸かせるフィジカルスタンダップの領域であり、そこには明確な勝算と市場の隙間が存在しています。
【プロの結論】中堅芸人のセカンドキャリアと「心理的バウンダリー」の確立
芸能界における長年のコンビ関係は、時に家族以上の濃密さを持つ一方で、互いの役割が固定化され、「共依存」に陥りやすい構造を孕んでいます。相方の機嫌やコンビとしてのパブリックイメージに縛られ、個人のクリエイティビティや成長が窒息してしまう事例は後を絶ちません。
臨床心理学や組織論の観点から見れば、ツネの脱退劇は、健全な「心理的バウンダリー(境界線)」を再構築するための自己救済であったと解釈できます。40歳というタイミングで「2700のツネ」という強固なレッテルを自ら剥がし、一個の表現者・常道啓史として世界に飛び出したことは、キャリアの停滞を打破するための極めて勇敢な選択です。
このツネの決断から見出せる、ミドル世代のキャリア再構築における判断基準は以下の通りです。
- 挑戦に向いている人:過去の成功体験に縛られず、プライドを捨てて泥臭い現場作業(実業や資格取得など)を並行できる人。家族や周囲と率直な対話を重ね、不確実性を共有できる人。
- 慎重になるべき人:既存の組織や肩書への依存度が高く、看板を外された途端に自己肯定感を保てなくなる人。言語や文化の違いを甘く見積もり、具体的な武器(フィジカルや特技)の準備がないまま環境だけを変えようとする人。

【ツネ 2700 脱退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2700は解散したのですか?八十島さんの現在の活動は?
A1:解散はしていません。ツネが脱退しただけであり、コンビ名「2700」の屋号は相方の八十島弘行が引き継いでいます。八十島は吉本興業に籍を置き続け、ピン芸人としてのライブ出演や音楽制作、さらには新メンバー募集など、独自のペースで2700の看板を守る活動を継続しています。
Q2:ツネは現在、具体的にアメリカでどんな活動をしているのですか?
A2:アメリカ・ニューヨークなどを拠点に、現地のコメディクラブのオープンマイクへの出演やスタンダップコメディの修業を重ねています。また、言葉の壁を越えるフィジカルパフォーマンスの一環としてZUMBAインストラクターとしての活動や、SNS・YouTubeを通じた発信など、日本と海外を行き来しながら柔軟に活動を展開しています。
Q3:なぜ吉本興業を退所する必要があったのですか?
A3:アメリカを拠点とした活動や、キッチンカーをはじめとする独自の個人ビジネスを迅速かつ制約なく展開するためです。大企業である吉本興業の枠組みの中にいるよりも、完全なフリーランスとして自己責任で動く方が、ビザ取得や現地での柔軟な契約においてフットワークを軽くできるという実務的な判断がありました。
まとめ:2700の看板を下ろしたツネが切り拓く新たな道
「2700のツネ」という認知度は、芸能界において計り知れない資産でした。しかし、その甘美な看板に安住することなく、彼は40歳にして自ら荒野へと踏み出しました。相方・八十島弘行との絆を過去のものとして閉じ込め、自らの足で立つ道を選んだツネの姿は、多くの同世代に刺激を与えています。
右ひじと左ひじを交互に見せていた男は今、日本とアメリカの国境を軽やかに跨ぎ、世界中の笑顔を見据えています。安泰なレールを降りて泥をすすりながら挑戦を続ける常道啓史のセカンドステージは、まだ始まったばかりです。 (出典: ツネ 2700 脱退(Yahoo!ニュース))