2700八十島の現在と病気真相|ツネ脱退とキッチンカーの転機
「右ひじ左ひじ交互に見て」のフレーズで日本中を席巻したお笑いコンビ・2700。独特のリズムと中毒性の高いメロディで一世を風靡した彼らだが、その後の道のりは決して平坦ではなかった。ネタ作成を一手に担っていたボケ担当・八十島弘行(やそしま ひろゆき)の身に起きた深刻な精神疾患、活動休止、闇営業問題による謹慎、そして2023年夏に起きた相方・ツネの電撃脱退劇。幾多の苦難を経験した彼が、2026年現在どのような状況にあるのか、関心を寄せるファンは少なくない。
世間の一部では「芸能界を引退したのではないか」「消息不明になった」といった根拠のない憶測も飛び交っているが、事実は全く異なる。八十島は吉本興業に所属したまま、病気の経験を手記や講演として発信する傍ら、全国を巡るキッチンカー事業やYouTube配信など、従来の芸人像にとらわれない独自の活動を力強く展開している。本稿では、報道記録や本人の告白手記、最新の営業現場データを徹底検証し、八十島弘行の波乱に満ちた現在地を紐解く。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2023年8月に相方ツネが米国進出のため脱退・吉本を退社したが、コンビは解散せず八十島が屋号「2700」を守り新メンバーを募集中。
- 要点2:重度の双極性障害(躁うつ病)による精神科閉鎖病棟への入院を経験し、自著やメディアでその壮絶な闘病記を赤裸々に告白している。
- 要点3:2026年現在はピン芸人・音楽活動に加え、移動販売車「kitchen アイムヤソシマ」の全国出店やパチンコ・スロット配信など多角的な実業で再起を果たしている。
【プロフィールと軌跡】2700八十島弘行の経歴と「右ひじ左ひじ」の栄光
八十島弘行は1984年3月22日生まれ、山口県出身。NSC大阪校26期生として芸人のキャリアをスタートさせ、複数のコンビ解散を経た後、2008年にツネ(常道啓史)と「2700」を結成した。結成直後から頭角を現し、フジテレビ系『爆笑レッドカーペット』や日本テレビ系『エンタの神様』などのネタ番組で瞬く間に脚光を浴びることとなる。
彼らの代名詞となったのが、2011年の『キングオブコント』で準優勝に輝いたリズムネタ「右ひじ左ひじ交互に見て」である。従来の言葉遊びを中心とした漫才やコントとは一線を画し、八十島が繰り出す耳に残るファンキーな楽曲と歌唱、それに合わせてツネがしなやかに踊るスタイルは、子どもから大人まで幅広い層を熱狂させた。当時の音楽配信チャートで上位にランクインするなど、お笑い界における音楽・リズムネタのパイオニアとして確固たる地位を築いたのである。
しかし、突如として手に入れた成功の光が強かった分、その後に待ち受けていた影もまた深いものだった。ブームの沈静化に伴うテレビ露出の減少、コンビ改名と再改名、そして何よりも八十島の心身を蝕んでいた見えない病魔が、コンビの歯車を狂わせていくこととなった。

【壮絶な闘病記】八十島を襲った「双極性障害」と閉鎖病棟への入院告白
八十島が直面した最大の試練が、精神疾患である「双極性障害(躁うつ病)」の発症であった。本人が後に上梓した自著『この病気になったから、いまの僕がある』や各種ドキュメンタリー番組の告白によると、異変が表面化したのはブレイク後の多忙とプレッシャーが極限に達していた時期だったという。
双極性障害とは、気分の異常な高揚や万能感に支配される「躁状態」と、激しい抑うつと無気力に襲われる「うつ状態」を慢性的に繰り返す精神疾患である。八十島の場合、まず極端な躁状態が現れた。頭の中にアイデアが絶え間なく溢れ出し、睡眠を取らずとも活動し続けられるような全能感を抱く一方、感情の抑制が利かなくなり、周囲のスタッフや関係者に対して衝動的な言動を繰り返すようになった。
症状は次第にエスカレートし、現実と妄想の境界が曖昧になるほどの激しい錯乱状態に陥った八十島は、家族の手によって精神科病院の閉鎖病棟へ緊急入院することとなった。一時は自力で日常生活を送ることすら困難な状態に追い込まれ、華やかな舞台から完全に隔離される日々を過ごしたのである。しかし、適切な投薬治療と休養、そして医療従事者や家族の粘り強い支えによって、八十島は数年の歳月をかけて寛解状態へと至り、舞台への復帰を果たした。
芸能人が自らの重い精神疾患を公表することには大きなリスクが伴うが、八十島はあえて病名を明かし、発症時の心理状態や入院生活のリアルを赤裸々に発信し続けている。この姿勢は、同じ病に苦しむ当事者やその家族から極めて高い共感と支持を集める契機となった。
【コンビ存続の危機】ツネの脱退理由と吉本興業退社の真相
病魔を乗り越え、劇場を中心に再び歩みを進めていた2700に、2023年夏、決定的な転機が訪れる。相方・ツネの脱退と吉本興業退社である。
長年苦楽を共にしてきた相方の離脱に対し、世間では「病気による不仲」「金銭トラブル」といった憶測が一部で囁かれた。しかし、公表された真相は極めて前向きなものであった。ツネはかねてより抱いていた「アメリカに渡り、海外のエンターテインメント業界で勝負したい」という夢を実現させるため、安定した日本での活動に終止符を打ち、単身渡米することを決意したのである。
八十島は相方の熱意を受け入れ、背中を押す形で送り出した。特筆すべきは、この事態において「解散」ではなく「ツネの脱退」という形式を選択した点である。八十島は吉本興業に籍を残し、「2700」という屋号を一人で背負い続けることを決断。公式プロフィールやSNSの自己紹介欄には「現在新メンバー探し中」と明記し、新たな相方やグループとしての再構築を模索しながら、ソロ芸人としての活動を継続している。

【データ比較検証】2700の全盛期と八十島の現在の活動モデル
テレビタレントとして頂点を極めたブレイク期と、独立採算的な多角展開を進める2026年現在では、八十島の収益構造や活動スタイルは劇的に変化している。その違いを客観的なデータと指標で比較整理した。
| 項目 | 詳細・数値データ | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| メディア露出・出演形式 | 地上波冠コーナー・全国特番から、YouTube・地域イベント・劇場中心へ移行 | 民放キー局レギュラー週数本(全盛期水準) | マス媒体依存から自社発信・現場密着型へシフトし、精神的負荷をコントロール |
| 主力ビジネス・収益源 | 吉本興業出演ギャラ+キッチンカー「kitchen アイムヤソシマ」売上+YouTube収益 | 所属事務所からのタレントギャランティ1本 | 移動飲食販売という実業を組み合わせることで、芸能界の景気変動に左右されない地盤を構築 |
| コンビ体制 | 2700(ソロ稼働・新メンバー公募中) | 固定2人組(脱退時は解散が通例) | 屋号を存続させつつ柔軟に客演やコラボを受け入れるオープン型ユニットへ進化 |
| 啓蒙・社会的発信 | 著書出版、メンタルヘルス講演、当事者コミュニティへの情報発信 | 芸人のプライベートや闘病は秘匿される傾向 | 自らの挫折を社会還元する専門的ポジションを確立し、独自の社会的信用を獲得 |
【2026年最新の仕事】「kitchen アイムヤソシマ」とスロット配信という新境地
現在、八十島弘行が精力的に打ち込んでいる活動の象徴が、自らプロデュースして全国を飛び回る移動販売車「kitchen アイムヤソシマ」である。
公式SNS(@kitchen_im_yasoshima)や出店記録によると、このキッチンカーでは「揚げパン3種食べ比べ」や熱々の「チーズドッグ」、「ハワイアンフローズンパインソーダ」など、幅広い層に親しまれるオリジナルメニューを提供している。パチンコホール「デルパラ6あきる野店」などの大型アミューズメント施設をはじめ、地方の各種イベントやフェスに積極的に出店しており、八十島本人が厨房に立って調理・接客を行うことも珍しくない。ファンや来店客と直接言葉を交わし、笑顔を届ける現場主義のスタンスが評判を呼んでいる。
さらに注目すべきは、パチスロ機「ジャグラー」を中心としたYouTube実践動画の配信である。出店先のアミューズメント施設とタイアップし、キッチンカー出店と同時に店内でのスロット収録を実施。「Cafe Stand OJICK」など他店舗とのコラボレーションも積極的に行い、店舗への集客力と自らのエンタメ力を掛け合わせたハイブリッドな集客ビジネスモデルを確立している。
SNS上では、「キッチンカーの揚げパンが本格的に美味しかった」「気さくに写真撮影やサインに応じてくれて感動した」といった一般利用者の生の声が多数投稿されており、かつてのテレビタレントという高い垣根を取り払い、地域密着型エンターテイナーとして確固たるファンベースを再構築していることが窺える。

【実態検証】愛する嫁と子供の支え|家庭内の心理的バウンダリー
波乱に満ちた八十島の芸人人生を語る上で欠かせないのが、一般女性である妻と子どもたちの存在である。精神疾患を抱える配偶者を持つ家庭では、過度な同情や共倒れによる関係破綻がしばしば問題となるが、八十島夫妻の絆はその危機を乗り越えてきた。
八十島が閉鎖病棟に入院した際、妻は感情的な混乱に巻き込まれることなく、主治医と冷静に連携を取りながら「治療に専念できる環境」を整えた。臨床心理学や家族社会学において、患者と家族が健全な距離感を保つ「心理的バウンダリー(境界線)」の重要性が指摘されるが、八十島の妻は夫の病状を過剰に背負い込まず、専門医療機関に委ねるべき部分は徹底して委ねるという英断を下したのである。
公式SNSで「夢は孫を見ること」と語る八十島の発言からも明らかなように、現在の彼の原動力は家族の幸せにある。躁状態の異常な高揚や、うつ状態の底知れぬ絶望を間近で受け止めてくれた妻と子どもたちへの深い感謝が、今の堅実なビジネス展開や無理のない芸人活動の根底に流れている。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「引退・死亡説」の虚構
インターネットの検索窓やまとめサイト等では、長期間地上波のキー局番組で見かけなくなった芸人に対し、「引退」「死亡」「不祥事で解雇」といった過激な検索ワードがサジェストされる現象が後を絶たない。八十島弘行に関しても、同様の誤認に基づく噂が一部で流布されていた。
しかし、本稿で検証してきた通り、これらの噂は完全な事実無根の虚構である。 八十島は吉本興業を解雇されておらず、現在も正式に所属芸人として籍を置いている。また、コンビが「解散」したという情報も誤りであり、あくまでツネの自主的な「脱退」を経て、八十島が2700の看板を守り続けているのが正確な事実である。
地上波テレビへの出演頻度だけを成功の指標とする昭和・平成的な価値観から見れば「露出減少」と映るかもしれないが、令和・2026年のメディア環境において、個人が実業とSNS、地域営業を直結させて生計を立てるモデルは、極めて自立的かつ持続可能性の高いキャリア形成と言える。
【プロの結論】メンタル不調とセカンドキャリアを切り拓く判断基準
八十島弘行の復活劇は、現代社会でストレスや精神的不調に悩むあらゆるビジネスパーソンにとっても極めて示唆に富んでいる。彼の歩みから導き出される「人生の再起における判断基準」は以下の通りである。
▼ 八十島の再起モデルを参考にすべき人(向いている条件) ・自らの挫折や失敗、病気の経験を隠さず、オープンにして他者の学びに変えられる人 ・組織や単一の肩書きに執着せず、現場での実業(飲食・販売・地域営業など)に汗を流せる人 ・周囲の支援者に感謝し、専門家(医師やカウンセラー)のアドバイスを素直に受け入れられる人
▼ 八十島のやり方をそのまま真似すべきではない人(慎重になるべき条件) ・過去の全盛期の栄光やプライドを捨てきれず、他人の目を過剰に気にしてしまう人 ・病状が不安定な段階で、焦って新たな多角的ビジネスや借入れに手を出そうとする人 ・家族や身近なパートナーに過剰に依存し、精神的・経済的な境界線を引けない人
【2700 や そ しま】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:八十島弘行は現在、吉本興業を退社しているのですか?
A1:いいえ、退社していません。相方のツネは2023年8月に吉本興業を退社して渡米しましたが、八十島は現在も吉本興業に所属し、舞台やイベント、メディア出演を行っています。
Q2:相方だったツネは今アメリカで何をしているのですか?
A2:ツネは自身の夢であった海外でのコメディアン活動やショービジネスへの挑戦のため渡米しました。現地でのパフォーマンスやSNS発信など、独自のエンターテインメント活動を精力的に展開しています。
Q3:キッチンカー「kitchen アイムヤソシマ」はどこで営業していますか?
A3:特定の常設店ではなく、全国各地のアミューズメント施設(デルパラ各店など)や地域イベント、商業施設などに移動出店しています。最新の出店スケジュールは公式X(旧Twitter)やInstagram(@kitchen_im_yasoshima)で随時告知されています。
Q4:2700の解散理由は何ですか?新メンバーは決まりましたか?
A4:2700は解散していません。ツネが自身の海外挑戦のために「脱退」した形をとっており、八十島は「2700」の屋号を継続しています。公式に新メンバーを募集しており、状況に応じたユニット活動を展開しています。
まとめ:波乱万丈を越えて自らのリズムを奏で続ける八十島弘行
リズムネタで頂点を極めた若手時代から、閉鎖病棟への入院を余儀なくされた闘病生活、相方の脱退という激動のドラマを経て、八十島弘行は今、極めて地に足の着いた充実した日々を送っている。
彼が選んだ道は、テレビカメラの前に立ち続けることだけが芸人の生き様ではないという力強い証明である。揚げパンを揚げ、スロットを楽しみ、自らの病気を語り、劇場で笑いを取る。型破りでありながら極めて人間味あふれるその生き様は、同じように人生の挫折や心身の不調に悩む多くの人々に勇気を与え続けている。波乱万丈を乗り越えた「2700八十島」が、今後どのような新たなリズムを刻んでいくのか、その挑戦から目が離せない。 (出典: 2700 や そ しま(Yahoo!ニュース))